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日本芸能を継承する坪内会

坪内流は60年の歴史があり、現在の家元の喜智老栄さんは2代目です。
現在では岐阜県内や富山にも広まり、300人の会員がいます。発表会は1年おきに岐阜県各地で行っており、高山市では毎年、他の団体と連合で行っています。
家元は、お父さんの影響で小さい頃から音楽が好きで、若い頃はバンドを組んでエレキギターをやってみえました。高山では初めてだと思います。高山では売ってなかったのでオートバイで名古屋まで買いに行ったそうです。

三味線を始めたのは30年前。お嬢さんが3代目を継がれて、これからも親子で日本伝統の音楽の楽しさを子供達に伝えていかれます。
また、ご自宅近くで梅の栽培・販売もしてみえます。 (2005.6.23/月光)

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治療院 丹とん庵

原田さんは、高山市桐生町で鍼灸マッサージ「丹とん庵」を開業されて10年、患者さんも増え安定した鍼灸マッサ−ジ治療院を経営しています。身体のメカニズムにとても詳しくて、夫も時々お世話になってラクになったと帰ってきます。冬になると雪かきで腕や腰を痛める人が多いというのが高山の特徴です。
中国語の発音がとても奇麗な原田さん。もともと語学が好きで、せっかく中医学をやるなら中国語を勉強するのが一番と、大学の中国語学科・鍼灸学校を卒業後、1990年天津に3ヶ月留学しました。20人の外国人のうち日本人は3人と、まだまだ中国ブームの始まる前だったそうです。
食事は口に合って困ることもなく、天津ではコーラより安いビールと、ウィグル人のお店で食べる羊のシャブシャブで毎日幸せでした。中国でのビックリ体験は気功の授業で、先生に手かざしで腰に“気”を入れられた時、腰から熱いものが入ってきて上下に分かれて広がり身体全体が熱くなってしびれました。中医学はすごい!と思った瞬間でした。
長い間中国に行っていないので、最新の中国を見聞しに行くのが夢だそうです。 (2005.5.23/月光)

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三島多聞師

多聞師は、高山の真蓮寺住職、つまりお坊さんです。
まるでダルマ大師の風貌で、豪放磊落、情けに厚く、ひとたび仏教について語り出せば人を惹きつけずにはおきません。
師と中国語の関わりは、かれこれ40年前。第2外国語として学んだのが始まり。目的は中国仏教を学ぶため。 師にとっての中国語の魅力は、ことばの旋律とその響き、日本語に比べ、端的な表現ができることだそうです。 もう20年近く高山市民講座で中国語基礎の講師をされています。
加えて、高山市民生児童委員協議会の副会長をつとめ、また、中村久子女史(両手両足を切断した身の上で、すべてを独りでできるまでになった人)の顕彰会の会長さんです。久子さんの話になると師の話は止まりません。なぜなら、その人に「真実」があるからだそうです。(いずれこのコーナーで中村さんを紹介しましょう)
弓道修行をし、毎日多忙の我が街のお坊さんを紹介しました。 (2005.1.1/S.Y.)

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飛騨卓球連盟&杭州市卓球交流

12月11日〜15日、杭州市卓球交流代表団(黄身健代表)が飛騨を訪れ、久々野・丹生川・下呂で小中学生と卓球交流しました。
交流は12年前からで、今回7回目。飛騨から杭州へ行ったり、杭州から迎えたり交互に交流を行っています。 今回は杭州から卓球選手9人がみえました。 12日に高砂殿で開催された歓迎会に参加させてもらって、杭州の方や通訳の方と“つたない”中国語でおしゃべりさせていただきました。
高1の江ちゃん(多分愛ちゃんと同じ年)は中国プロで37位という強さ。16位に入ると特別メンバーに入れるらしく、それを目指して頑張っているそうです。中国では18才19才の子はもう上位にはいないそうです。愛ちゃんみたいな子が沢山いるのでしょう。
卓球を始めてまだ1年半という毛さんと朱さん(女性)に日本の印象を尋ねました。「日本はきれい。杭州は農村から色んな人が来て皆考えが違うので、交通などのマナーがめちゃくちゃ。」とのこと。 上海から杭州まで1時間。女性はおしゃれで都会的な感じです。上海に行くときは必ず尋ねますと約束して会話を終えました。
通訳(日本人や中国からのお嫁さんや研修生)を5人もお願いされていて、同じ卓球を愛する者同志、気楽に話せてとても和やかでした。 (2004.12/月光)

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河合町の紙漉きSさん

山中和紙は原料のコウゾを雪の中でさらして作る伝統手工芸品です。この手法は全国でも河合町でしか行われていません。紙すきの歴史は古く、飛騨では平安時代から800年の伝統があるそうですが、現在では引継いでいる方は2戸となりました。そのうちの1軒、Sさんのお宅で、11月6日から近所・親戚が手伝ってコウゾの皮むきが行われました。
高さ2メートルものコウゾを切りそろえます。 コウゾは釜で2時間半蒸し、熱いうちにはぎます。その皮を軒先や外にすだれのように干して乾燥させます。この日はコウゾの皮はぎを善三媽媽と梅子媽媽と3人で体験しました。また、1年間の和紙になるまでの作業のビデオを見せていただき、Sさんの並々ならぬ苦労と、いい紙を作ろうという“こだわり”に触れました。
これはSさんの知人が作ったライトです。こんな風に、捨ててしまうコウゾ殻(皮を剥いだ残り)を再利用できないかな?
この後、コウゾは2週間ほど干して乾燥させ、黒い皮を刃物で取り、漂白するための寒い屋外での雪さらし。 溶かしたコウゾとトロロアオイを混ぜてすくそうです。全て自然のモノを使っています。(2004.11.6/月光)

7分間に編集したビデオ映像(春日井在住の鈴木さん撮影)が『第17回飛騨高山ドキュメンタリー映像祭』で飛騨高山大賞を受賞しました。(2005.3.4/月光)

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